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大阪高等裁判所 昭和30年(ネ)714号 判決 1957年4月19日

控訴人(原告) 名方大介

被控訴人(被告) 明石税務署長

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人が控訴人に課した贈与税につき控訴人が昭和二十八年三月十八日なした再調査請求を被控訴人が同年四月十六日なした取下によるものとしての終結処分の無効なることを確認する。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文と同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は、被控訴代理人において、「控訴人が本訴で無効確認を求める『取下による終結処分』なる行政処分は存在しない。本件再調査請求の取下は、再調査請求人たる控訴人より税務署長に対する取下の意思表示によつて直ちにその効果を生じ、これについて行政庁の同意その他別段の行為を必要とするものではない。かかる場合税務署としては取下決議書を起して事件完結の手続をするが、右は行政庁内部の事務手続にすぎず、取下による法律効果とは全く関係のない事務整理のための単なる事実行為である。」と述べたほか、すべて原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

(証拠省略)

理由

被控訴人が、控訴人主張の日に控訴人に対してその主張のような課税原因に基き、その主張の金額の贈与税を課したこと、控訴人が右贈与税の賦課に対して被控訴人に再調査の請求をなし、右請求の書面がその主張の日に被控訴人に到達したこと、並びに被控訴人が控訴人主張の日に本件再調査請求の取下があつたものとし該事案を終結せしめたことはいずれも当事者間に争がない。

一、本件終結処分の無効確認を求める訴の適否について、

(イ)  控訴人は、本件再調査の請求につき控訴人よりその請求の取下があつたものとして被控訴人が該事案を終結せしめたことをもつて独立の行政処分であるとし、右終結処分の無効確認を求めているが、この点は控訴人の誤解に出たものといわねばならない。何となれば、再調査の請求について請求人よりその取下があれば、その効果として直ちに事件が終了し、この場合取下効果の発生につき行政庁として何等新たなる行政行為を必要としないこと、あたかも訴訟について原告より訴の取下がなされれば、これにより訴訟が当然完結に至るのと同様であるからである。もつとも再調査の請求をうけた行政庁としては、右の取下に伴つて現に係属中の事案を終結せしめるための手続を践むことはあろうが、かかる手続は行政庁の内部における単なる事務処理にほかならず、これをもつて行政処分といい得ないことはまさに被控訴人の指摘するとおりである。よつてこの意味においては、控訴人が本訴の請求の趣旨として終結処分の無効確認を掲げたことは失当というべきである。

(ロ)  しかしながら、控訴人が右終結処分の無効確認を求めている趣旨は、これを実質的にみれば、控訴人は未だ曾て本件再調査請求の取下をした事実のないことを主張し、かかる取下がなされたものとして事案を完結せしめた被控訴人の措置の是正を求めるにあるのであつて、本訴の訴旨はこれを正解すれば、控訴人の被控訴人に対する再調査の請求は現になお存続しており、被控訴人において右の請求につき何分の決定をなすべき義務あることの確認を求めるものにほかならないと解するのが相当である。

而して、一般に行政処分(本件についていえば贈与税の賦課処分)に対して異議・訴願が認められている場合にあつては、当事者はかかる行政上の救済をうける権利を法律上保証されているものというべきであつて、適法な異議・訴願を提起したにかかわらず行政庁がこれに対して何等の決定をしないというのは、右の法律上保証された権利を侵害する結果になり(この場合異議・訴願を経ずして直ちに原処分の取消訴訟を起せるとしても、これがためかかる行政上の救済に関する権利侵害が否定されるものではない)、当事者はかかる権利侵害に対する司法上の救済を求める利益を有するものというべく、本件にあつては、被控訴人が控訴人の再調査の請求の取下があつたとしてその決定をしないのであるから、まさに右の場合に該当し、控訴人は右の救済として被控訴人にその決定をなすべき公法上の義務あることの確認を訴求し得るものといわねばならない。されば控訴人の本訴請求は、右の趣旨において適法のものというべきである。

二、行政庁たる被控訴人の当事者適格について、

本訴の趣旨を、上述の如く、被控訴人において本件再調査請求につき決定をなすべき義務あることの確認請求であると解するときは、本訴は一種の公法上の権利関係の確認を求める訴訟ということになるので、行政庁たる被控訴人を相手方としてかかる請求をなし得るかどうかが次の問題となる。

私人より提起する公法上の権利関係に関する訴訟にあつては、その確認の対象となつている権利関係は原告たる私人と国またはその他の公共団体との間の関係であり、従つてその権利関係の当事者たる国または公共団体を相手方とすべきものと一般に解されていることは、被控訴人の主張するとおりである。しかしながら、本訴の実体は控訴人が被控訴人に対してなした再調査の請求がその後取下によつて終了しているかどうか、換言すれば、被控訴人に右再調査の請求につき現にその決定をなすべき義務があるかどうかの争であるから、その争となつている義務の直接の担い手たる被控訴人を被告としてその確認を求めることも勿論適法であるといわねばならない。

三、控訴人による本件再調査請求の取下の有無について、

この点については、当裁判所もまた原審と同様昭和二十八年四月十六日控訴人において自ら本件再調査請求の取下をなしたものと認定するのであつて、その理由は左に附加して説明するところのほか、すべて原判決に説示されたところと同一であるからここにこれを引用する。

(一)  当審における鑑定人井上直弘同米田米吉の各鑑定の結果によれば、本件再調査請求等取下書(乙第二号証)の控訴人の氏名は控訴人の自署であると認めるのが相当であつて、この点は上叙取下の事実を認定するにつきさらに新たな資料を加えたものというべきである。

(二)  控訴人が当審で提出した成立に争のない甲第二十二号証には、控訴人が昭和二十八年四月十六日午前中自宅において患者宮内サダ子に対し歯科手術を行つたかの如き記載があるけれども、一方当審における証人佐々木裕の証言によれば、控訴人の居宅と明石税務署とは徒歩で十五分位いの近距離にあることが明かであるから、かりに右の手術が行われたとしても、これがため控訴人が同日午前中に税務署へ出頭して取下手続をする時間が全然なかつたものとは断定し得ない。その他当審において控訴人の提出援用する証拠のうち控訴人本人尋問の結果は直ちに信用し難く、爾余の証拠によつては到底前示認定を覆えすに足りない。

さすれば、本件再調査請求の取下がなかつたことを前提とする控訴人の本訴請求が理由ないことはすでに明かであつて、これを棄却した原判決はまことに正当である。よつて本件控訴を棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 藤田彌太郎 小野田常太郎 小石寿夫)

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